http://www.47news.jp/localnews/furusato/2012/04/27094454.php
NPO法人BEPPU PROJECT代表理事 山出淳也 大分県別府市は、源泉数、湧出量ともに日本一で、豊富な泉質数を誇る世界有数の温泉地である。別府市が観光地として開けたのは、1871年の別府港開港以降である。大阪との航路が開設され、各地からの往来が盛んになるに伴い、路面電車や火力発電所が国内でもいち早く設置された。この別府港を中心に、次第に繁華街が広がり、不夜城と呼ばれるほどの賑わいを見せるようになった。高度成長期には団体旅行で大いに賑わい、旅館・ホテルは大型化を図り、男性客を中心に1泊2日の宴会型の旅行も多く受け入れた。 しかし、日本が低成長時代に入ると観光客の数も減少し、バブル崩壊と時を同じくして別府の観光業も低迷期へと移行していった。戦災を免れた町は老朽化し、観光地としての鮮度を失った今、この町に定住する若者は少なく、中心市街地の商店主の平均年齢は60才を超えている。若年層や女性客向けのサービス開発が遅れており、新規客開拓につながるあらたな魅力の造成をいかに図っていくのかが大きな課題である。 これら諸問題の解決策を見いだすべく、1990年代後半から、NPOや市民団体による文化振興や地域資源の再発見を目指す事業が立ち上がった。 NPO法人 BEPPU PROJECTは、このような状況下の2005年に発足した。 「BEPPU PROJECT」の誕生 BEPPU PROJECTとは、別府で国際的なアートフェスティバルを開催したいという意志を持った市民によって立ち上がり、2006年に法人化した。別府市で生活している人びとにとって、アートは決して身近なものではない。まずは鑑賞機会を設け、アートを紹介していくことから活動を開始した。 当初、BEPPU PROJECTはアートや文化、まちづくりに関する経験も知識もないが、とにかく別府で面白いことをしたい、という意思そのものの集合のようであった。しかし、それでは一部のアートファンや関係者が楽しむだけの一過性のイベントでしかない。そこで、展覧会やパフォーマンス公演、シンポジウムの開催などを通じ、多くの有識者と交流し、スタッフの経験値を積むとともに、地域のみでなく国内外に関係者を増やすということを意識的に行なってきた。 また、別府という土地を知るにつれ、作品そのものや、ここで何を生み出したかということよりも、この場所にとって必要なこととは何かを考える、そのプロセスこそが重要であると考えるようになった。 まちなかを回遊する必然を生む「platform」 その考えるための場づくりとして取り組んでいるのが「platform」制作事業である。この事業は2007年にBEPPU PROJECTが発表した「星座型 面的アート・コンプレックス構想」の第一歩である。 別府市中心市街地では、小売店の販売額が年々減少する一方、空き店舗は増加している。このデータを受け、中心市街地の機能を商業中心から文化を軸とした成長型の交流・発信空間へと移行するべきであると考えた。そのために考案したのが空き店舗を活用してまちなか居住や起業の促進、人材育成と情報発信を行うという計画である。 一つの建物の中で全てが完結する垂直型の複合施設ではなく、点在する拠点を巡ることで、点と点をつないだ星座のように人々が回遊する構造ができあがる。その拠点となるのが、中心市街地に点在する多数の空き店舗をリノベーションし、コミュニティスペースとしてコンバージョンする「platform」である。 この事業で重要になるのは、コミュニティスペースを生み出すことではなく、いかにこのエリアに滞留させ、交流人口を増加するかということである。 2008年より始動した「platform」はBEPPU PROJECTも一員である中心市街地活性化協議会の事業として、5団体によって8施設が運営されている。現在、アートスペースや創作者が滞在できるスペースを始め、地域で生まれた商品を販売するセレクトショップ、コミュニティカフェ、3世代交流の場、別府の伝統工芸である竹細工の職人の工房、まちづくり交流拠点など、さまざまな用途で活用している。この「platform」の設立と活用は、別府市が創造都市として展開を進めていくために、最も重要な鍵となっている。 このplatformを拠点として、2009年、大分県では初めての国際芸術祭である別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」(以下、「混浴温泉世界2009」)が開催された。 「混浴温泉世界2009」 「混浴温泉世界2009」は別府市全域を舞台に、国内外約170組のアーティストが作品展示や公演を行い、鑑賞者は地図とパスポートを手に作品を探して市内全域を巡る、回遊型のアートイベントである。別府市と別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」実行委員会(以下、実行委員会)が主催し、総予算約6500万円、総参加者数のべ9万2000人で、別府市内を対象とした直接経済効果は約5000万円、メディア露出の広告換算費は約30億円を記録した。 会期中に募ったアンケートの集計結果から分析すると、来訪者の多くは20代~30代の女性の県外客(東京、大阪、福岡が主)であった。従来、中高年の男性を対象としたサービスを多く展開してきた別府では、これらの客層は希薄であったことから、この事例は今後の観光振興を考える上で、重要な意味を持つと言える。これらの参加者たちが、一様に「町のおもしろさを発見できた」と感想を述べていることからも「混浴温泉世界2009」が別府にもたらした効果がうかがわれる。 また「混浴温泉世界2009」を機に別府に住民票を移し定住した人数が10名を上回ったことや、小規模の文化団体が複数うまれ、継続的に事業展開していることなども、地域にもたらした効果の一つと言える。会期終了後、別府市はその他の芸術振興事業の功績も認められ、平成21年度の文化庁長官表彰(文化芸術創造都市部門)を受けた。 【写真】マイケル・リン の制作したこの作品は 平成24年度版 中学校美術科教科書(日本文教出版株式会社) に掲載されている 撮影: 久保貴史 (C)別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会 課題の解決に向けて こうした成果の一方で、新たに浮上した課題も多くあった。まず地域での知名度の低さが挙げられる。「混浴温泉世界2009」では、別府市からの参加者の割合は全体の14%にとどまった。別府市では第3次産業に従事する人口が81.8%を占める。なかでも旅館や飲食などのサービス産業が圧倒的に多い。 このデータを鑑みて、別府市内の方々に観客として参加してもらうのではなく、パートナーとして、ともにフェスティバルのホストとして協力できる関係性が築けないかと考えた。 そこで導入したのが、金券「BP」である。この金券は、1枚100円相当の金券を6枚綴り500円で販売するもので、アートイベントへの参加や加盟店での飲食やお買い物、温泉入湯などに利用できる。アートと地域の消費行動との関連性を深め、回遊を促進するための仕組みである。この金券には、現在市内の100店舗以上が加盟している。 さらに、もっと関わりしろを広げるために2010年から登録型の市民文化祭「ベップ・アート・マンス」を開始した。これは広報業務やチケットの販売、予約などの事務局業務を代行し、イベント開催を行なう団体や個人を育成、支援するものである。 その他、別府の魅力を20代~30代の女性に向けて発信するフリーペーパー「旅手帖 beppu」の発行や、地域産品を掘り起こし、新たな魅力を付加するセレクトショップの運営、人材育成プログラム「ベップユケムリ大学 BEPPU PROJECT学部」(2012年度より「ベップユケムリ大学アート学部」に改名)の取り組み、子どもが安心して訪れることができる町づくりを目指す「おもちゃの部屋」など、さまざまな事業を展開している。 「混浴温泉世界2009」で浮き彫りになった課題を解決すべく、このような事業を積み重ね、3年経った2012年、再び「混浴温泉世界」を開催する。BEPPU PROJECTの活動は、それぞれの事業が独立して成果をなすのではなく、一つの事業の成果やそこで生まれた課題が新たな事業を生み出す。これは混浴温泉世界2009会期中に強く意識するようになった。 当初は「混浴温泉世界」は継続開催の予定はなかった。しかし、これを続けなければこの町に何をも残すことはできないのではないか。続けることでこそ、ここで露見した町の抱える問題を解決に導くことができるのではないだろうかと考えるようになった。そこで「混浴温泉世界2009」の閉幕時に、今後は3年に1度開催すると宣言したのである。 これらの取り組みと混浴温泉世界の継続開催をもって、いかに地域の抱える問題を解決できたか、どれほどの目標を達成できたのかなど、事業の成果を計るには、正確に評価することが大事である。そこで、近年はバランススコアカードを導入し、現在もさまざまな事業の事例から、評価の仕組みを作っている最中である。 1つの事業に対して複数の視点を設定し、それぞれの観点から達成の度合いを数値で表す。さらに、短期目標、中期目標、長期目標をそれぞれ設定し、それらをグラフで可視化する。このようにして、現在自分たちが何を成し遂げ、何を課題としているのかを明らかにし、共有することは、目標を明確化しスタッフの意識を向上することにも繋がる。 質の高い丁寧な芸術祭 最後に、2012年秋に開催する「混浴温泉世界2012」についてご紹介したい。 「混浴温泉世界2012」では、別府市内の温泉郷の総称「別府八湯」にもなぞらい、8つのアートプロジェクトが展開される。作家数や作品数を少数にしぼり、1つ1つに時間をかけて丁寧に作り上げることを目指す。 現在国内外からアーティストが順次別府を訪れ、土地や人に触れながら作品の構想を練っている最中であるが、いずれもアーティストが独自の視点で別府という町を感じ、表現しようとするものである。 一方、我々が「混浴温泉世界2012」で実現したいのは、全ての参加者が満足する、質の高い丁寧なサービスを提供できる芸術祭を、ここ別府で開催することである。以上で述べてきた事業や仕組みづくりは全て、そのための準備でもある。 BEPPU PROJECTの事業は全て、アートが日常的に地域と繋がっていくための種まきであり、その必然をうみ出すためのプロセスである。そして、当事者であり、かつ市民である我々が、本当に必要とされるサービスとは何かを熟考し、その実現に向けて行動することこそがこの町の未来を創造する第一歩であると考えている。 「混浴温泉世界」では、アートが町に光を当て、触媒のように作用する。前回の経験からも、その作用には大きな可能性を感じている。アートは関わる人それぞれが持っているイマジネーションやクリエイティビティを引き出す力を持っている。 アートと何かが出会うことで、多様な創造性が育まれたり、再生したり、覚醒したりすることがもし起こるのであれば、この社会そのものがクリエイティビティを持つ、アートという存在そのものとも言えるのではないだろうか。「混浴温泉世界2012」では、これらの創造的な関係性の保持はアートでなければできないのだということを明らかにしたいと思っている。 日常の事業の1つ1つは地道な取り組みではあるが、これらを積み重ねることと、その集大成である3年に1度の「混浴温泉世界」の開催を通じ、地域に根ざした文化基盤を創出することを目指している。このような営みを持続できる力を町自体が備えることができれば、町の魅力はますます輝き、国内外に発信できる地域の強みを造成することへと繋がっていくのではないだろうか。 http://www.youtube.com/watch?v=v1Nx9Wm_qKo 「別府最適音頭」ボンダンスナイト(別府タワー=09年6月13日) 「混浴温泉世界2009」にて山中カメラが作詞・作曲・振り付けした現代音頭 2012/04/27 09:44 【47行政ジャーナル】
by mo_gu_sa
| 2012-04-27 09:44
| 大分
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