http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20080303/295296/?set=bpn
総務省「ICTを活用した地域のあり方に関する研究会」の最終回では、「壱岐(いき)もの屋」のデジタル女将 平山佐知子さんからお話をうかがった※1。 壱岐もの屋は、ご存知の方も多いかもしれないけれど、長崎県壱岐市、つまり九州の壱岐島にある老舗温泉旅館 平山旅館のグルメお取り寄せサイトである。 平山旅館には名物女将 平山宏美さんがいる。宏美さんは、島に嫁いで30年以上になる。女将業はもちろんのこと、彼女は島おこしのキーパーソンとしても大活躍している。座右の銘は「私がやらねば誰がやる! 今、やらねばいつできる」だそうだ※2。その活動は、壱岐の郷土料理の保存活動を行う「壱岐ばさらの会」、壱岐民話伝承グループ「いろり座」の設立、「日本子守唄フォーラム2007 in 壱岐」の開催など幅広く、様々な島おこしの活動に深く関わっている※3。 そんな元気なお母さんの長男と結婚されたのが佐知子さんだ。佐知子さんは、神奈川県横浜市の出身で、壱岐出身のご主人とは阪神・淡路大震災のボランティアで出会ったのだそうだ。大震災ではWebが盛んに利用されたが、そこで気づいた情報技術の有用性と、貢献マインドとともに、見知らぬ壱岐島の平山旅館で暮らすようになった佐知子さんは、平山旅館にあるフツーのものが、都会の人々にとってかけがえのない素晴らしいものであることに気づく。 海の幸が豊富な壱岐の旅館では、季節ごとにいろいろな魚介類の刺身を出す。魚は余すところなく使うのだが、それでも客の入り具合によっては切り身に残りが出る。それを、もったいないので醤油に漬け込み、旅館のスタッフが夜食や賄いとして茶漬けにして食べていた。ところが、旅館の宿泊客がその様子をみて、それがうまそうだと欲しがる。おすそ分けをすると、これは本当にうまいと言ってとても喜ぶ。それならばと「島茶漬け」として商品化したというわけだ。 佐知子さんは、こうした平山旅館にある、あるいは壱岐にある当たり前のものを、都会出身者のセンスで選んで、壱岐もの屋としてインターネットを使って通販しようと考えた。この企画は大変な成功を収め、現在では年商6400万円を上げるまでに育っている。 地方の市町村にうかがうと、ここは田舎で何もないから駄目なのだという。けれども、“都会人”の僕からみた田舎には、他にはないかけがえのない素晴らしいものがたくさんあるように思えてならない。 都会の人たちは、都会では当たり前にあるものをフツーのものと異なるきらびやかなものとして、上手に情報を編集してメディアに載せて売り込んできた。差異がお金になるからだ。例えば、東京タワーの夜景も、フランス料理屋も、一流のシェフも東京では当たり前だ。それを「東京タワーの美しい夜景とともに、フランスで修行を重ねた一流シェフがもてなす世界最高の料理をお楽しみください」と編集して伝えると、僕たちはそんなものをフツーでないものと感じてたくさんのお金を払ってしまう。 都会にある最も優れたものは情報の編集技術なのかもしれない。そして、田舎の人たちは、まだ、情報を上手に編集して人々に伝えることでお金が得られることに気づいていない。 美しい海からの新鮮な魚介類、深い緑からは旬の農産物や壱岐牛などの素晴らしい食材が得られる。それだけではない壱岐は温泉も素晴らしい。壱岐島には他にはないものがいっぱいある。地域社会を深く知る宏美さん、都会人の気持ちの分かる佐知子さんのお二人だから、きっとこれからも、地域の魅力を都会の人々に上手に編集して伝えてくれるに違いない。 今朝、近くの公園を散歩していたら、たぶんコナラのどんぐりだと思うのだけれど、その実をパカッと2つに割って芽を出し、地面に根をはろうとしていることに気がづいた。郊外の緑の豊かなその公園には、至るところにどんぐりが転がっている。どのどんぐりも芽を伸ばそうと一所懸命だ。 どんな大木も最初はどこにでもあるどんぐりだった。それを大木に育てるには、個の努力はもちろんだけど、周囲の協力も必要だ。地方の自治体、農協、漁協などの地域社会の主体は、大木に育とうとしている優れた小さな芽を当たり前と見逃さないでほしい。いままで、地域の主体は国や県といった上を向いた仕事ばかりをやってきた。今度は地域そのものを見る足元を向いた仕事のやり方を加えてほしい。そして誰にでも開かれている情報発信のチャンスを活かして、都会の人々にその優れた差異を伝えることに協力してほしい。 個の力を地域の力に変える情報編集技術が、今、地域情報化に求められている。 【注】 ※1 実は当日、もうお一人のゲストがいらっしゃいました。新潟県三条市の三条工業会の成田秀雄さんです。三条市は、金属加工業が盛んですが、三条工業会は、そこにある中小の工場のネットワークを築こうとしています。三条には、他にはない金属加工の素晴らしい技術があるのです。これを社会が支えて、さらなる大木に育てようという試みです。平山さんのような個の試みと、成田さんたちのような社会の努力が重なってこそ、地域社会の力は発揮されます。 ※2 平山宏美「島おこしキーパーソン:島のファンを増やすことが女将としての務め」『アカデミア』市町村アカデミー(市町村職員中央研修所)、vol.77、p44、2006年11月 ※3 平山宏美「地域の元気印:壱岐の素晴らしさを伝えたい」『経済月報R&I』、親和経済文化研究所vol.52、p.1、2005年11月 (小林 隆=東海大学准教授)
by mo_gu_sa
| 2008-03-06 11:06
| 長崎
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