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九州に移住した2人を訪ねて
http://www.asahi.com/food/column/oyatsu/TKY200910050146.html

【写真】
(左)杖立プリンの看板。18カ所で出している
(右)渓流沿いにある天然の台所「蒸し場」=熊本・杖立温泉

 特急ゆふいんの森1号に乗ってヨーコさんに会いに行った。彼女は2年前、拙著出版パーティーに東京から来てくれた。ふんわりした黒いドレス姿がチャーミングで、外資系法律事務所秘書の肩書がピッタリくる。一緒に台北旅行もした。

 残暑見舞いが転居を告げていた。熊本・小国町とあった。たまたま旅した杖立温泉で町と人にひかれたという。町中みんながあいさつする。鉄筋の代わりに竹を入れたという「竹筋」のアーチ橋が緑に映える。いやされた。三重出身で、東京もそろそろ卒業との思いもあった。半年間かけて毎月、町を訪れた。仕事や住まいを見つけて11カ月後、引っ越した。

 ヨーコさんを迎えたのは、ザーザー降りの雨と自身と同い年になる築34年の民家だった。彼女の父は言った。「三重にもいいところがいくらでもあるのに」。親心が分かる気がした。六本木のザ・ファーム(法律事務所)から本当のファーム(農場)へ。阿蘇に近いとはいえ雄大な景色が見渡せるわけじゃない。昭和ムードが漂う杖立温泉はあるが、湯布院や黒川に比べれば地味だし…。「まず人との出会いがあったから」。ヨーコさんは言った。

 移住して2カ月。「東京から来た三重出身の子」として、町ではちょっとした有名人らしい。母のように慕うカヨさんの食堂に連れて行ってくれた。手作りの小国豚ハンバーグをほおばりながら話す。元同僚たちには「九州で何するの」と聞かれたらしい。Iターン移住者の定番はパン屋かそば屋だという。彼女はまちづくりにかかわったり、農のある暮らしをしたりしたいという。まだ模索中のようだった。よけいなおせっかいを言う。「英語が達者なんだから、町のHPを訳したら」。会社を辞めてパリに飛んだころの私と同い年の彼女に、お姉さん風を吹かせる。

 名物「杖立プリン」を出す旅館やカフェを回る。「ほうじ茶プリン」「豆乳プリン」…。昔あったという「甘玉子(あまたまご)」というおやつにちなんでいるらしい。渓流沿いを歩く。おいしいけれど寒天で固めたようなのもある。もっと温泉パワーを感じたい。あ、あれ何だろう。「蒸し場」だった。立ちのぼる湯けむりで、おイモやトウモロコシ、卵などを蒸していいそうだ。いいなあ。香港から戻ったばかりの頭に電球がピカピカ点滅する。「温泉飲茶」なんてどうだろう。セイロに入れたエビ餃子やシュウマイ、ちまきを天然の台所に持ち込む。蒸し立てホカホカを河原でハフハフ言いながらいただく。絶対においしいはず。「温泉ディムサム(点心)!したいなぁ」。ヨーコさんも乗り気だった。次に来たらやってみよう。いずれは町の名物に。頼まれてもいないのにまちおこし計画を練るのだった。

 もう1人、九州に移住した女性を訪ねた。私の母である。岡山大病院で昨秋、手術してから決めたようだった。退院してからも発作が起きた。駆け込む先は車で40分かかった。ちょうど私の姉と3歳の双子が義父母の家を出て、久留米に住むことになっていた。姉は子育てしながら大学で働き、大学院にも通っている。母が来れば助かるだろう。ただし母が元気なら、だ。母も総合病院がそばにある安心と引き換えに、故郷を離れないといけない。生まれて60数年、岡山しか知らないのに。私がパリに住むより大変だわ。いまのところ近くに住む叔母に助けてもらえるのだから、無理に引っ越さなくても。そう言ったら笑われた。「いまなら役に立つから。動けんようになってから、だれが一緒に住んでくれるん?」。言葉に詰まったのが情けなかった。

 久留米のマンションで半年ぶりに会う母は見違えた。無趣味だった人が絵を習い、隣のスポーツジムに通っている。1日に何度も洗濯機を回し、布団を干す。甥っ子のリョウが言う。「おばあちゃん、いつも洗濯しとると」。「狭い」「日当たりが悪い」と言いつつ、頼られる存在が彼女を元気にしているようだった。

 よかった。ユウ、リョウ、頼んだぞ。「コネコーネ、コーネコネ」と言いながらホットケーキを作る2人に向かって言う。遠くにいて人生さぼりんぼの親不孝娘は、孫パワーに勝てっこないのだった。

【写真】
(左)布団を干そうとする母にじゃれるユウとリョウ
(右)ホットケーキを作るユウとリョウ=福岡・久留米市

筆者 多田千香子
by mo_gu_sa | 2009-10-05 13:00 | 熊本


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