http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryivapr0904299/
戦前から続く箱根町塔之沢の大衆浴場「上湯(かみゆ)温泉」の灯が消えようとしている。温泉ブームに乗り、次々と町内に現れた新手の温泉施設に客を奪われたのは七、八年前。経営危機に陥りながらも、柳沢昌子さん(63)は十二年間、たった一人で番台に座り続け、暖簾(のれん)を守ってきた。それも「もう限界」。常連客は存続を切望するが、「地元の社交場」再興への道筋はまだ見えてこない。 堂々たる門構えの旅館が軒を連ねる塔之沢温泉郷。こぢんまりとした仕舞屋(しもたや)風の上湯温泉は、その一角にたたずむ。「いらっしゃい」。引き戸の先の番台から、柳沢さんがひょっこり笑顔をのぞかせた。 三九度の源泉を水で薄めず沸かし、かけ流しで提供。リウマチや神経痛の回復などに効能があるとされ、足しげく通う常連客は地元だけにとどまらず、県内全域に及ぶ。秦野市の女性(82)は「バラのとげが刺さって痛みが取れなかった指の傷が癒えた」。二宮町の男性(68)も「体の芯まで温まるので、夜のトイレの回数が減った」とにっこり。 この「医者いらずの温泉」は十二年前、店じまいしたことがある。柳沢さん一家を含めた源泉所有者は十人ほどいるが、高齢化などで番台を務められる人がいなくなった。祖父母や両親の番台姿を見て育った柳沢さんが手を挙げた。当時は会社員だったが二足の草鞋(わらじ)を履いて番台に。常連客の憩いの場を絶やすまいと決心した。 「それとね、先祖のいいつけだと思ったの」。そんな柳沢さんの心意気に男性客八人が、無償で男子浴槽の掃除を買って出た。店じまいはわずか四日、庶民の湯屋に再び暖簾が掛かった。 ところが、七、八年前から町内に日帰り温泉施設やスーパー銭湯などが次々に建ち始めた。一日百人近くいた客は半減した。赤字続きの経営に昨夏の原油高騰が重くのしかかった。灯油代は月額十五万円に倍増し、加えて築約四十年の店の補修費も不可欠だった。退職後の年金と食費を切り詰めての経営。「太らないからちょうどいいわ」。柳沢さんはおどけてみせたが、生活は厳しい。 「何より、女将(おかみ)さんの人柄に吸い寄せられる」と慕う常連客たちに先月末、閉館を打ち明けた柳沢さんだが、「またラブコールに負けちゃった」。秋までの続投を決め、所有者同士の話し合いにわずかな望みを託している。「そろそろ潮時かもね…」。悲哀が漂うつぶやきが聞こえてきた。
by mo_gu_sa
| 2009-04-12 19:00
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